ブーツの足音で男性囚人たちを恐怖に陥れるナチスのうら若き女性看守

第二次世界大戦下のナチス強制収容所において、囚人たちから最も恐れられた人物の一人が、弱冠二十歳前後のうら若き女性看守であった。彼女の名はイルマ・グレーゼ。美しく整った容姿と艶やかな金髪を持ちながら、黒革の長靴を履き、冷酷無比な暴力で収容所を支配した彼女は、人々に「ブロンドの野獣」と呼ばれた。なぜ、若き女性の靴音は男性囚人たちまでも絶望の淵へと叩き落としたのか。本稿では、狂気の時代が生んだ美しき女性看守の残虐性と、その精神の深淵に迫る。

冷え切った収容所の地面を踏みしめる女性看守の黒革ブーツ

収容所を震撼させた「ブロンドの野獣」イルマ・グレーゼとは誰か

イルマ・グレーゼは、1923年にドイツ北部の寒村に生まれた。彼女がアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所に配属されたのは、まだ19歳という若さのときであった。ナチス親衛隊の女性補助員として頭角を現した彼女は、驚くべき速さで昇進を重ね、数万人規模の囚人を抱える女性収容区の看守長へと登り詰めた。当時の収容所において、彼女の存在はあまりにも異質であった。すらりとした長身に透き通るような白い肌、美しく編み込まれたブロンドの髪を持ち、一見すると戦時下の混乱とは無縁の可憐な少女そのものであった。だが、その華奢な姿の内側には、他者の苦痛を心から歓待する異常なサディズムが宿っていたのである。囚人たちは彼女の冷徹な美貌と残忍極まりない振る舞いから、畏怖を込めて「ブロンドの野獣」あるいは「死の天使」と呼んだ。彼女の前を通過する際、囚人たちは生き延びるためにただ伏し目がちに祈るしかなかったのである。

なぜ彼女のブーツの足音と革鞭は男性囚人を絶望させたのか

グレーゼの象徴とも言えるのが、美しく磨き上げられた漆黒の革製乗馬ブーツと、特注の革鞭であった。静寂が支配する冷え切った収容所の点呼場に、彼女のブーツが響かせる硬質で乾いた足音。その足音が遠くから近づいてくるだけで、かつて社会で誇り高く生きていた成人男性の囚人たちですら、恐怖のあまり失禁し、身を震わせたという。彼女はただ点呼を行うだけでは満足しなかった。重厚なブーツの踵で衰弱した囚人の顔面を踏みにじり、宝石をあしらった特注の鞭で、男性囚人の肉体が裂け血が噴き出すまで打ちのめした。さらに、猛犬を使役して囚人に襲いかからせ、引き裂かれる肉体を冷笑を浮かべながら眺めることさえ日常茶飯事であった。男性囚人たちにとって、それは単なる肉体的な激痛にとどまらなかった。ナチスの全体主義的な権力を一身に帯びた若き女性によって、完全に無力化され、弄ばれ、家畜のように処分されるという事実は、彼らの人間としての自尊心を徹底的に粉砕したのである。彼女の足音は、容赦なき選別と死の宣告そのものであり、男性囚人たちを逃れ得ぬ絶対的な絶望へと突き落とした。

平凡な少女がいかにして冷酷な女性看守へと変貌を遂げたのか

これほどまでに残虐な怪物は、いかにして誕生したのか。驚くべきことに、生い立ちの記録における彼女は、どこにでもいる内気で平凡な少女であった。農村の貧しい家庭に育ち、母親の自殺という悲劇を経験したものの、学校では目立つことのない内向的な性格で、暴力的な兆候など微塵もなかったという。しかし、10代半ばでナチスの少女組織に入隊したことが、彼女の運命を決定づけた。国家社会主義の教条的なプロパガンダは、劣等感を抱えていた少女の心に強烈な選民思想を植え付けたのである。その後、看守訓練所を経てラーフェンスブリュック、そしてアウシュヴィッツへと送られた彼女は、閉鎖的で絶対的な権力が許された異常環境に適応していった。劣等感を抱えていた内気な少女は、「劣等人種」とみなされた人々を蹂躙する万能感に魅了され、自らの承認欲求を満たすかのように暴力のエスカレーションへと身を投じていったのだ。狂った社会構造こそが、凡庸な少女を冷酷非道な怪物へと仕立て上げたのである。

女性の黒革装備は、男性支配の象徴、あるいは願望か

グレーゼが身につけていた軍服風の衣装や黒革の装備は、単なる看守の制服という枠を超え、極めて象徴的な意味を帯びていた。家父長制が色濃く残り、女性には家庭内での良妻賢母の役割を求めていたナチス体制下において、彼女が手にした権力は極めて特異なものであった。男性親衛隊員と同様の黒革のブーツを履き、腰にピストルを下げ、手には鞭を握る。その姿は、男性的な暴力と軍事力の象徴を女性の肉体に纏う行為であったと言える。彼女は自分より年上の男性囚人たちを足下にひざまずかせ、自らの意志一つで生殺与奪を握ることで、当時の社会規範における性別の力関係を完全に逆転させていた。そこに男性支配に対する無意識の復讐心や、支配者そのものになり代わりたいという倒錯した願望が存在していたのかは定かではない。しかし、彼女が振るった過剰な暴力と黒革の装具は、極限状態の強制収容所においてのみ花開いた、歪んだ全能感の結晶であったことは間違いない。